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18/02/24 グループ展お知らせなど

ひとまず、もう始まっているグループ展の告知を…。


福寿草web1
毎年1回開催している、OPA galleryでのグループ展「花に聞く」に、
今年も参加させていただいております。
今回は、福寿草の花を、20人のイラストレーターが描きます。
DMイラストレーションは、毛利みきさんです。

・・・・・・

「花に聞くvol.14福寿草」
2018年2月23日(金)ー 2月28日(水)
OPA gallery (http://opagallery.net/galllery.html)

出展者(五十音準、敬称略)
鮎沢水音 岩間淳美  大西洋  奥田あきこ 長田結花
川崎由紀 北原明日香 楠木雪野 小春あや  坂口友佳子
土田菜摘 中島早希  永島壮矢 中島梨絵  野口奈緒子
林けいか 美木麻穂  溝渕美穂 毛利みき  保光敏将

・・・・・・


こちら、本日初日でした。
ご来場くださったみなさま、ありがとうございます。
2/28(水)まで、どうぞよろしくお願い申し上げます。


そして、こちらに書いておりませんでしたが。

写真 2018-01-18 13 44 28
玄光社「イラストレーション」誌上コンペ「ザ・チョイス」第205回、松昭教さんの審査にて、
準入選をいただきました。
掲載号が1月に発売しております。
精進いたします。


掲載していただいた絵が先日、帰ってきました。
この絵はなにやらうんうん悩んで、描き直しをずいぶんして一部妙な様相にしてしまった記憶があり、
それを改めてみるのを若干、恐れていたのですが、
久しぶりにみてみると、なにやら、どうやって描いたのやらよくわからぬ、ただならぬ質感が出ていて、
記憶しているほど悪くないような、不思議な気持ちになったり。

元々の優柔不断さゆえ、一度(色鉛筆でぐりぐりと)塗った色を(ぐりぐりと)消して、
塗りなおすなんてことをたまに、いや、よくやるわけですが、
紙は痛むし、色は混ざるし、そもそも色鉛筆って消せるようにできてないし、あんまり良くないことだよなと思うのですが、
それでもやってみると、予測できない色の混ざり具合だとか、
ひと息では出ないような、粘りみたいなものが出たりして、少しおもしろいような気もするのでありました。


福寿草web2
と、「福寿草」の出展作品を描いているときに思ったのでした。
(画像は部分です)

少し早い春を感じられる花です。
お近くにおいでのことなどありましたら、お立ち寄りくださいますと幸いです。


早いもので2月もあと一週間無く、一時期のような底冷えも遠ざかってまいりました。
春も近そうですね。

18/2/10 シミュレーションの話

img721_web.jpg
Twitterに載せたもの。
脳内描画シミュレーションについて。
↑※画像、シミュレーション、をシュミレーション、と間違えていました。恥ずかしい。カタカナ語苦手。

おじさんのスーツのしわのみならず、
天井の角とか、いろいろなものでふっとやります。たまに。
デッサンの授業(お手伝いをして授業が変わってかれこれ4年くらいになる)のせいかもしれませんが。
微妙な陰影がつくものが好みのようです。


ちょいちょい考えることですが、
この再現方法が、どんなもんかは、画材との相性、自分に合う画材と関係があるものなのだろうな。
慣れ、も多分にあると思いますが。

昔、絵具を使って絵を描いていた時も、脳内シミュレーション方法はずっと鉛筆でした。
早く気づけばよかったのに。
合う画材との出会いって大事。


自分と違う描き方をする人に、訊いてみたいですね。シミュレーション方法。
絵に対する感覚、あるもの、ないもの、多いもの少ないもの、いろいろ感じられそうです。

かく言う自分は、色味に対する感覚がもっとほしいと感じることが、最近増えました。
そもそも絵には色があるということが、頭からすっぽ抜けていることが、たまにある。
しかし、先日みた熊谷守一展、生賴範義展、
どちらも色の感覚の、脳髄にびりびりくる刺激がすばらしかったのです。(もちろんそれだけではないですが。)
すげえなあ、と、感服するばかりです。
絵具でシミュレーションができるひとにも、すげえなあ、と感服するばかりです。

そのシミュレーションしたまま、手が動き、画面ができる、というのも、また力であって。
シミュレーションに頼らず、絵をつくるということも、また力であって。
その力って、おそろしい量と質の蓄積のうえに成り立っているんだよな。
と、ひしひしと感じたものでした。
その力をもっているひとが、この世にはいる…。


デッサンの話が出たので、ついでに、唐突に書きますけど、
立方体を正確に描けるようになるために、立方体を描くんじゃなくて(もちろんそれもあるんだけど)、
どんなものを描くときでも、これでいいや、って思わないために、立方体を描くんだなあと、
ここ一年ほどでとくに思います。年をとったのかもしれないな。

18/01/13 明るくない話


(年の瀬に描いた年賀状とは似て非なる絵)

遅ればせながら、になってしまいましたが、
新年あけましておめでとうございます。
本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

新年早々あまり明るくない話。というわけで例によって読まなくていいです。


2010年3月に引っ越した実家が、その1年後に地震で少し傾いたまま直っていません。
お盆、正月などに実家に行くと、普段は2、3日たてば慣れるのですが、昨年の年の瀬はなぜかうまくいかず、
なんとなく気分がすぐれなくなってしまって、家の外へ出て、少し風に当たったりなどしたところ、
玄関を一歩出たその先は、見慣れぬ夜の景色ばかりで、
気晴らしにうろついてみようにも、どこへ行くあてもなく、
自分の家へ来て、なぜこんな気持ちにならねばならないのか、
なんてことを考えて妙な心持ちになるのは今に始まったことではないのだが、まあそんなどんよりとした時間が、年の瀬に少しあったのでありました。

しかし、そのくらいでどんよりしている場合ではありませんでした。
年明け、故あって常磐道を走る車に乗っておりました。常磐道は福島の、帰宅困難区域を通過します。
一定区間ごとに置かれた線量計、道路の脇や空き地に積み上げられた大量の黒いビニール袋、被せられたビニールシート、
雑草の生い茂ったかつての田んぼ、穴だらけのビニールハウス、
戸を閉めきった、屋根の崩れた、明かりのない、ひと気のない家。
通り過ぎて、明かりのついた家を見つけたとき、ほっとしましたけれど、
それって、そんなに特別なものでしょうか。


昨年は、とても恵まれた一年でしたが、
同時に、自分の人生の最終目標とは、ということについて、しばしば考えていたように思います。
その延長線で、自分が入る墓の場所の心配をしたりもしましたが。元気ですよ。

そのうちに、いつかどこかに帰る前提で生きている自分に気がついたり、
そして、その前提でしばらくきたけれども、それは決して確固たるものではないし、
もしかしたら思い込みの幻かもしれない、もうすでに幻で確定なのかもしれない、ということに気がついたり。

そんな薄暗い気持ちになってみても、
年末年始に家族と過ごす時間とか、
いただいた年賀状とか、メールとかのことを考えますと、
やっぱりもう少し粘って、頑張って生きていなければならないと思います。
いろいろ続けたいこと、区切りをつけたいこともたくさんあります。

行く先がどことなく暗く曇っているようで、明日何が起きるかわからない世の中で、
あと一日、あと一日と粘っていられますように、今年も。


そのついでに、いつか、どこかの家の灯りにほっとする日が来てくれれば、上々ではありませんかね。
別段、特別なことでもありませんけど。



…と、ここまで書いて、投稿せずに置きっぱなしてました。
いつもだと、そういう場合は、投稿せずに記事を消してしまうのですが、
そのまま忘れてしまいたくなく、せっかくなので投稿します。

この年末年始は、複雑な気持ちや、悲しい気持ちになることが、少し多かったみたいです。
でも、いつかどこかでって、結局自分がいつかどこかでって思いながらがんばっていないと、なくなっちゃうんだなあ、なんて思ったりしたので、
がんばらなくては、今年も。

一年元気でいられますように。

17/12/31 2017年ありがとうございました


年賀状用に買った新しいペンの試し描きから
(ペンは結局使ったり使わなかったりした)


2017年、ありがとうございました。

今年もたくさんのかたに、たくさんお世話になりました。
この場ではありますが、心より感謝を申し上げます。

2017年のはじめは、迷っていた覚えがあります。
それでも今年は、ありがたいことに、新しい場でたくさん経験をさせてもらう年でした。
絵も今までと違う試みをしたり、初心に帰ろうとしたりしつつ、
たくさんみていただきました。


まだまだ未熟であることを、折にふれて実感する日々ですが、
2018年も、精進してまいります。
好きなもの、心がわくわく、うずうずするものをもっともっとみていきたいなあ。

みなさま良い年をお迎えくださいますよう。



年賀状準備中の写真から

今年もかなりぎりぎりの投函となってしまいました…
来年は一笑図になりました。ご笑覧いただければ幸い。

17/12/6 愛知の蘆雪展に行った話②


つづきです。
(単独行動のため無人のフォトスポット)

繰り返しになりますが、長いので、読まなくていいです。



蘆雪を知らない人に蘆雪のことを説明するとき、わかりやすいので円山応挙の弟子ですという情報からよく入るのですが、
先日その流れで「長田さんは応挙より蘆雪が好きなんですか?」と訊かれまして、
「ど…どっちも好きですが…蘆雪は…勇気が出ますね…」と答えました。たどたどしい。
あの時代の写生の感覚について思いを巡らせるのは楽しいですし、応挙先生の堅実さも身が引き締まりますし、意外とそうでもない部分があったりするところも好きですが、
ぴょんと飛び越えること、守られた、閉じ込められた場所から自由になることには、やはり勇気が要ります。
頭がカチコチに固くて、ビビリで、エエカッコシイの私は、そういう感覚をときどき思い出さなければいけないのです。
というか、思い出せるからやめられんのです。
しかし好きな絵師を訊かれたときに、よっぽどでないと恥ずかしくて長澤蘆雪ですって答えられないです。


さて、このあと展示室には先述の高山寺の朝顔に蛙図、草堂寺の墨垂れまくりのスゴイ群猿図などが登場し、南紀の光を浴びて解放されていく蘆雪とともに、こちらの気分も高揚してきます。
そして目玉の無量寺!展示室ひとつを独占しての空間再現!畳も欄間もご本尊の写真もあるよ!

現地、和歌山の串本に行ったのは2015年3月。何年ぶりだ?2年半か。久しぶり!
その2年半前に、お寺の中も、収蔵庫の展示もみているので(現地では堂内に精巧なレプリカをはめ、収蔵庫内に同じ配置で実物を展示)、
再現展示は、あっそうそう!こうだよね!って感じ。もっと感動しろよ。いや、やっぱり、現地の感動がね…南紀の空気も込みでね…凄かったから…
でも畳の香りもして、虎と龍に囲まれる感覚、襖の表裏の遊び心、やはりとっても楽しい。そしてガラスなしでやってくれんだからやっぱりスゲーよ!ありがとう無量寺!!(ちなみに現地でもガラスはありません)

やっぱりあの虎と龍に挟まれて立つのが最高です。ぐいっとこう現れてきて、身に迫ってきて、それでいて怖くないもの。蘆雪の手が、あの大きさの虎の背中を、あの眼差しを、龍の大きな爪を、体からあの墨がつと垂れる瞬間をつくりだすのを想像するたび、わくわくしてくる。
鶏も猫も、唐子もかわいいんだよねえ。蘆雪は子どもも好きだよね。


で、南紀から戻ってきて、壮年期。いろんなものを描いたり、いろんなことを試したり、いろんなところへ行ったりしている。
応挙先生との比較展示がここにもあり、鹿の絵と犬の絵。
ちなみに今回の展覧会は、応挙門破門説は完全否定の立場に立っていて、応挙先生や応挙門の弟子たちとの合作も出していた。呉春と合作の貼交屏風はラフな感じがちょっと俗っぽくてよかった。

今回仔犬推しがなかなか強いので、犬の絵はいろいろ出ていた。
応挙のころころした感じも安定のかわいさだけど、蘆雪はなにしろ手の動くにまかせて描くので、だらしのない、人間くさい感じのする姿になる。そういう動物の仕草が好きとなれば、断然蘆雪でしょう。おっさんくさい犬猫が好きな人向け。
とは言いつつ蘆雪の仔犬は、完全に応挙先生の完成させた仔犬のスタイルありきなので、仔犬推しされるのは蘆雪本人としてはどうなんですかね。

しかし地に足が着かない。どんどん着かなくなる。また呑んで描いてるし(予想)。蘆雪の絵は愉しくもあるけれども不安でもある。と感じていた自分に気がつく。この不安さの一因がこの地に足の着かなさなのでしょうな。


そして晩年が近づくにつれ、不安はだんだん大きくなってくる。
今回は人生順の構成なので、ますますそこんとこでヒリヒリしてしまった。

蘆雪は子ども二人を亡くしている。キャプションで触れていたのはそのことだけだったけれど、四十のときに応挙にも先立たれている。師であり、理解者であった人がいなくなる。
虚ろな目の母猿、湿気にむせぶ朧月と風景、思わず目を背けそうになる幽霊、そしてなんとなく元気のない、本調子でないような絵たち。
そして凄惨なオーラの山姥。これもよく展覧会に持ってきたもんだと思う。顔のシワ、服のシワ、このころの蘆雪は過剰なほど描き込むきらいがあり、それがクドくて、ウッと胃もたれしそうで、グロテスクだ。
この人の絵を、全て好きだとは言えない自分が居る。苦手なクドさやバタ臭さがある。でもこの展覧会では、そういうものも全て悲哀にみえた。

でもそうして蘆雪の悲哀にまみれていく中で、救いであったのは、終盤、白象黒牛図が登場したことです。
哀しみとか、投げやりさとか、喪失とか、きっと酒とか、そういうものに溺れていくなかで、白象黒牛図は、信じられないほどやさしい絵だった。
そしておそらく、この絵が、去る2013年春仙台でのこと、私が初めて出会った蘆雪の絵である。
(東北での「若冲が来てくれました」です)
久しぶりに会って、こんなにやさしい絵だったのかと思った。
象の表情、牛の表情、豪快だけどもやわらかな筆使い。大きなものと小さなものが寄り添い合うということ。大人気の仔犬ちゃんも4年ぶり。
この展覧会の中だけの話で、蘆雪の全作品ではそうじゃないのでしょうが、これだけの大画面でこんな大胆な構図とモチーフ、こんなやさしい絵、すごく久しぶりに感じるのです。
ふと思い出したのは、無量寺の虎と龍のことです。

考えれば蘆雪にとって、あの仕事はどんなものだったんだろう。自分の転機だと、自慢の仕事だと、やはり思ったのか、それとも南紀のあらゆる仕事のひとつにすぎなかったのか。
そもそも、無量寺の仕事を蘆雪自身、南紀を離れてから、一度でも見返す機会があったんだろうか。
思えばかつての絵師の、特に肉筆画の人なんか、注文主に届けちゃってから自分の絵を振り返ることなんか、ほとんどできないものなんじゃないだろうか。写真も画集もない時代だ。遠く離れてしまえばおちおち見にもゆかれない。下絵は残っていても、ほんものの仕事とは、やはり違うだろう。
蘆雪の胸の中に、あの虎と龍は、どんな姿で残っていたんだろう。
白象黒牛図を描くとき、その胸の中の虎と龍に、想いを馳せているような気がしてしまった。
悲しくて、苦しくて、孤独で、気乗りがしなかったりうまくいかなかったり、そんなときに、あんな仕事をまたしたい、と思ったかもしれない。
あんな仕事をまたしてやる、と思ったかもしれない。
もし蘆雪にとって、仕事があまり満足にできない時期であったなら、そのときに白象黒牛図のような絵が描けたなら、本当にうれしいだろう。
虎と龍とはまたひと味違う、でもそれだけの迫力と優しさ。
この絵の制作年ははっきりしないけども、時期はわかっていて、早くても蘆雪の死の5年前のようだ。これを描いたとき、描くことができたとき、蘆雪には長くてもあと5年しかなかった。
そんなこと知ったこっちゃない蘆雪は、白い象と黒い牛の向こうで、おれはまだまだ描ける、と言っている。

…とまあそんなことを勝手に考え、おそらくは蘆雪にお前に何がわかると言われるでしょうが、白い象と黒い牛のやさしい眼差しを見上げておりました。
大トリは一寸四方の五百羅漢。実物大で載ってる本はよくあるのに、実物が本当にちっちゃくてびびる。

しかしこの一寸の絵を順番に並んでみつめていく人々といい、なめくじ図の線を指でたどる人々、子どもの脚の間に犬の顔をみつけ、虎の襖の裏に猫をみつけ、まんまと愉しまされている人の多さよ。私も御多分に洩れず。
「京のエンターテイナー」という展覧会の副題に恥じぬエンターテイナーぶり。さすがです。

わたしが蘆雪の人生の流れに沿って感情を揺さぶられてしまったのは、余計な情報がいくつも入ってしまっている所為であって、もっと素直にみて素直に楽しんでもよかったのになあ、と思わなくもない。ってか絵はそうやってみるもんだよね…いかんいかん。



(フォトスポットエリアにひっそりと佇む無量寺空間再現展示ミニチュアで雰囲気を感じてください)

はあ、2017年中もっともたのしみにしていた展覧会がおわっちゃったなあ。
勢いでグッズをボカスカ買った。養生テープが意外と使えます。
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