15/5/22

最初に少し思い出話を。

いまから10年くらい前、田舎のボサボサのオタク中学生だった頃、
美術部に所属していて、夏休みに、部活で上野へ美術館見学に行ったことがあります。
しかし当時は不遜なことに、美術館にほとんど行ったことがなく、せっかくの見学なのに終始ぼーっとしていて、
展示を見てすごく感激した!みたいな記憶もほぼありません。今考えればはったおしたいな。

しかしそのぼんやりとした記憶の中で、断片的に覚えていることがいくらかあります。
そのうちのひとつが、博物館の展示室で、ガラスケースにずらっと並んだ掛軸を、たくさん観たことです。
相変わらずぼーっとしていましたが、「鶏ばっかりだな」と思ったことと、
その一連の絵の作者が、伊藤若冲という名であったことを、ぼんやりと覚えていました。

そして何年か経って、その不遜な中学生は美大生になるわけですが、
ある年の春、たまたま東北にいたタイミングで「若冲が来てくれました」展がやっていることを知り、
さすがにその頃には若冲の名前も知っていましたが、
ふーん、あの人か、なんか有名な人も展示みに行ってるみたいだけど、面白いのかな?という感じで、
いかにもなんとなく展覧会に足を運んだ、あれから約2年。

どう考えてもそのときに人生をまちがえました。


以上、思い出自分語り終了。
というわけで、5/8に「若冲と蕪村」を観に行った話です。


サントリー美術館のチケットっていままで毎回一緒で素っ気なかったけど、前売り買ったらこれでした。わーい!

前売り買って超絶楽しみにしてたのに、溜めすぎた、若冲と蕪村。
会期終了直前で人が多すぎてめげかけましたけど、休憩したりストレッチ挟んだりして、時間かけてじっくり観ました、若冲と蕪村。
途中、謎の自己嫌悪に陥ったり(吉祥画をみて「この時代の絵にはこういう存在意義があるけど今の時代の私が描いたって...!」みたいな謎精神状態)、
壁にでかでかと書かれた「Jakuchu」の名を見たら唐突に上記の記憶がよみがえり、思い出自分語りに酔ったり浮き沈みが激しかったですけど、楽しかった、若冲と蕪村。
作品の話をしなさいよという。

若冲は、「若冲が来てくれました」(プライスコレクション)でみて以来、まとめてたくさんみるのはひょっとして初めてじゃないかな。
しかもあんなにたくさん一気に実物を見るのはもしかして、いやもしかしなくても人生初かも。
水墨画が多かったですね。あの彼の手癖のでた奇抜なフォルム、墨色の斬新な感覚はとても好きなので、たくさんみられて嬉しかったです。
あのクレイジーさもたくさんみてきたので、もう驚かなくなってきたかな!と思っていたのですが、
最後の最後に出てきた最晩年(とおぼしき)石峰寺の絵が、黒の散った色彩感覚といい、異世界SFワールドかな?と思わせるフォルムといい、さんざんみてきたトドメのようにガツンと一発くらわすクレイジーさで、
あ、やっぱこの人おかしいんだ!やっぱクレイジー若冲!
と思いました。誉めてます。

それから「若冲が来てくれました」でみた象と鯨図屏風と、約2年ぶりの再会ですが、
あれはどう見ても八十歳過ぎのジジイが描く絵じゃないですね。でかいしゴーカイだしエネルギッシュすぎだよ若冲。
しかしクジラの海の波の線が、どうも二度描きかなんかされているらしいことに気がつき、妙に人間くささを感じました。
版画本も良かったなあ。黒の感覚がすごくいいんだなあ。
彩色のやつはものずごぐ(感想ノートにまちがえてこう書いちゃったのでそのまま打つ)丁寧で見どころがいっぱいで、ゆっくり浸りたいのに人が多すぎてそうもいかない悲しさ。嗚呼。

蕪村は、南画風のまじめに山水描いてるのとかより、俳画の方が好きだなあ私。
俳画のときのあの線をみるとほっとします。理由はよくわかりません。潜在的な深い理由のような気もするし、そんな大それたもんではないような気もします。個人的に藤子・F・不二雄氏の顔を見るとほっとするんですがその感覚に似ています。すっげーどうでもいい。
あのぽてぽてとして、筆感のあまりない、あの線が好きです。文字でも絵でも好きだなあ。
人の仕草とか表情とか、動物やものを描いても、いい具合に身体の力が抜けて。

そういえば溜めすぎて果蔬涅槃図がみられなかったのは残念でしたが(まあ同じ日本にあるんだしいつか会えるだろうとは思っているけど)
そのおかげで「己が身の」の画幅がみられる期間だったんです。
ものの本で読んで、いいなあと思っていた「己が身の」の句を、いいなあと思ったのにしばらくしたら忘れてしまって、五七五くらいなら覚えておけばよかったと後悔していたのですが、
たまたま応挙の本を読んでいたらその中に発見し、それがなんと応挙が絵を描き蕪村が句を書くコラボ俳画になっていたという、私としてはたいへんドラマチックなことが起きたことがあるんですね。長いね。
なので思いがけず会えたのはやっぱり嬉しかったです。
絵の印象だと繋がりにくいけど、応挙と蕪村は仲良しだったらしいです。

あと夜色楼台図もね。これをみたいがために後期に行ったようなところあるからね。
想像以上に夜の空の、墨のたまりがあざやかに見えて、白も映えてきれいでした。あと大きかった。
蕪村の俳画の掛軸は間がいいですね。絵と字と白との間がね。
展示の真ん中あたりの、蕪村の俳画が並んでるところで、「ああ...いい掛軸だな...」ってしみじみ思ったものね。「いい掛軸だな...」ってセリフだいぶじじくさいですね。別にじじくさくていいですけどね。

同じ時代の京都が良い絵師勢揃いの時代ですから、オールスター画帖とかあったりして。
あれ全部みたい。みせてくれよ。
やっぱ京都に行きたくなるんですけど、なんか1回ヒョイッと行けてしまうとまたすぐヒョイッと行っちゃいそうな気がして...行っちゃうんだろうな...

しかしツイッターにも書いたけど、冒頭の記憶を思い返すと、
若冲の名前がきっかけで展示観に行って爆発しちゃったわけだから、
それ考えたら若冲はキューピッドですね。キューピッド若冲。
(勝手にキューピッド扱いして若冲もいい迷惑だよ)
ありがとう若冲。若冲のおかげで人生が楽しい。


いい締めが思いつきません。
でも同い年っていう視点でこの二人を合わせたのはなかなか貴重な機会だったんじゃないでしょうか。絵をみただけだと繋がりにくいし。
当時接点はないっていうけどお互いの存在は絶対認識してんだろうな。かと思うと意外な人と仲良かったりしてな。絵師も生きてた人間。ロマン。

ミホミュージアムも行きたい。(悪い予感)
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