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18/4/10 今年の府中市美術館春の江戸絵画まつりの話

もはや定型文ですが、長いので読まなくていいです。



さて今年もこの時期が来ましたね、春の江戸絵画まつり。
昨年の国芳は見送ってしまいましたが、今年のタイトルは中々にそそられたので行ってきましたよ府中市美術館。
春休みの府中の森公園はとても明るくてお花と子どもがいっぱい。もう少し早ければ桜がもっと見られたかな。

さて展覧会。今年のタイトルは「リアル 最大の奇抜」。
「かわいい江戸絵画」からみている府中市美の江戸絵画は、どちらかというと奔放でのびのびしたイメージがあり、しかし今回のテーマは「リアル」でしたので、今までのような新鮮味や脳みそほぐされる驚きはそんなでもないかなあ、と高をくくってました。くくってたんですよ。まあ応挙先生くらいかな、程度の気持ちだったんですよ。
ところがどっこい刺激でいっぱいでした。

まじめで、緻密で、丁寧な絵の大人しめな展覧会かと思うじゃないですか。みてみれば、江戸時代の「リアル」の面白さ、新鮮さ、「リアル」に取っ組んだ人びとの苦悩、葛藤、愉しさ、成功や驚き、偶然、彼らの憧れや挑戦に目を向けた、とても興味深くて刺激的なテーマでした。
そして「リアル」をめぐるさまざまを感じさせ、検証するために集結したさまざまな絵師、さまざまな作品たち。
府中市美くるとだいたい「なんだこの絵はーーーー!!!??」「なんだこいつ(絵師)はーーーー!!!??」などと新たな出会いにのたうち回るんですが(心で)、今回もほどほどにのたうち回らせていただきました。ありがとうございます。

という切り口のおもしろさに、まず冒頭の挨拶からやられちゃったんですよね、
今までのテーマより今回は堅苦しいかもしれませんと述べたうえで、
「近年若冲や蘆雪の大胆な絵が人気ですが、当時彼らと同じくまたは彼ら以上に活躍した応挙や江漢はどうでしょう、彼らのような奇抜さはないので派手な魅力は感じがたいかもしれませんが、残念かつもったいないことです」と(超大意でまとめていますが)、こんなことが書かれていまして、いや泣くしかないだろこれ。入り口のパネルの前で涙ぐんでいた怪しいチビはわたしです。


閑話休題。テーマへの感謝が溢れすぎました。
最初は王道な「リアル」を感じられる絵たちから。トップバッターは森狙仙であります。動物たちの毛描きのふわふわと、手触りまで感じるリアリティー!絵巻などは近くからみられるので、筆をどうやって運んでいるのか気になりながら覗き込んでしまいます。
でも動物たちのフォルムや顔立ちには、どこか日本的な形の捉えかたがあり、それがまたひょうきんで可笑しかったりするのです。狙仙のいい絵いっぱい持ってるんだなあ。まあつまり狙仙がいい絵をいっぱい描いてるんだなあ。

花の絵、風景の絵。花の絵は織田瑟瑟(しつしつ)という女性の、桜を描いた絵が驚きでした。今回のなんだこの絵は第一号である。尼さんになって桜をずっと描いていた人なんだそうである。花びらひとつひとつ、葉の先のひとつひとつへのなまめかしい執念がひとつの絵に集約し、凄みが匂い立っている。本当に桜ってこうだ、いや本当の桜はここまでじゃない、存在感に悩まされる。
白糸の滝の絵も、これも知らないひとで村松以弘という御仁だそうだが、たくさんの滝、岩、山を隅から隅まで濃密に描き、それがいちまいの風景になったときの存在感。プラスの仕事の熱さ。

根津美の応挙展で、「はしからはしまでちくちくちくちく地道に描いて、よし、できた!って全体をみる、その快感なんだよなあ」と考えたことを思い返す。描くほうの快感も、みるほうの快感もあるのです。
ほかにも亜欧堂田善の風景や(こんな「見たまんま見える」風景、当時の人らは感動したろうなあ)、たしか京都でみてうめーなーって思った原在中、土方稲嶺、あっあと岸駒のトンボの絵も絶対あるだろうなと思ったらありましたよ。鶴亭という人の芭蕉の絵も、リアルさと平面性が奇妙に共存していて印象的でした。こんなにいろいろ思い出せるのは図録が手元にあるからです。


それから、「リアル」の追求によって思わぬ表現に至る絵師たちの章に入りましたが、ここの解説がまた丁寧で、
当時のリアルは西洋的デッサンを経ているわけではなく、近現代の西洋画のリアルと必ずしもつながらない独特な魅力を醸しているのだということを言っており、いやいつも解説丁寧でほんと泣けます。

「光」を意識することによって、日本的形態や空間でできた絵の世界の中に、突如としてあらわれる陰影、遠近、それらがただならぬ奇妙な印象をつくり出し、ちょっとひと目見たら忘れられないような強烈な絵になったりする。
当時の人から見ても斬新であったろうし、今見てもあたらしさがたくさんある。ちょっと稚拙という一言では片付けられぬ凄みだと思うんですが。如何ですか。
祇園井特は何回かみているんですが、あの強烈な顔をじっとみていると、ああきっと目の前にこんな人が居るんだな、と現実的な女性の顔の印象が、ふっと浮かんだりする。

端からちくちくちくちく描いて、よし、できた!ってなったときに、納得できる想像通りの仕上がりになることもあれば、あれ!?と思うこともある。予想だにしなかった、もの凄い様相を呈してしまうこともある。この時代の彼らは、「リアル」に取っ組む中でいろいろなことを試して、そして「あれ!?」という経験を何度もしてきているだろう。その苦悩が、成功と失敗がとても人間で、いとおしいと思う。


そして、リアルに対しては葛藤もあったようだ。あの司馬江漢ですら、葛藤したんだそうだ。
あ、ちなみにその葛藤していた文人たちの作品に至るまでに、「写実」とはまた違ったリアルを見せる章がちょっぴりありました。
英一蝶の絵がよかった。ひとの感情や表情や人間模様へのリアル、やはり彼の描く俗世の人びとは親しみぶかい。

話を戻して文人の葛藤である。心のままに、精神のおもむくままに描くのがよいという大前提の文人たちも、やはり写実、リアルの魅力には翻弄されたんだそうである。
そして日本には、リアルとは違った絵のつくりかたというのがすでに浸透し、その魅力ももちろん捨てきれなかった。
雪舟様の木や草で描かれた山水の中に、現実味を含んだ岩や滝の描写が混じる。リアルに描いた花のすがたを、わざと崩してみる。
どこまでを現実に沿わせ、どこまでを省略し、どこまで崩すか。現代の私たちですら未だにしばしば直面する問題である。

米田松洞というひとの、熊本のひとだそうだが、風景の絵がとてもかわいかった。山の風景の中に、ちいさなちいさな人びとや、葉の赤や黄色の木などが、ちまちまと入り組んだ世界の絵である。絶対おっさんが描いてるのに、みながら「かわいー」って三回くらい言った。口パクで。展示室でひとりのときはいつも口パクです。
土方稲嶺の雪景も、つめたい空気に吸い込まれるような心地よさだった。


そして最後に、司馬江漢と円山応挙でした。
応挙先生は前から飛びつくタイプですが、正直、江漢はいままで「ふーん」くらいの気持ちでおりました。
が、解説に「江漢はこの時代に油絵を試したのはすごいけど絵にいまいち情感がないよね、とか言われますけど本当にそうでしょうか」(超大意)とか書かれてごらんなさい。泣きます。ここまでで三回泣いてる。
今回油画だけでなく、若い頃の作品や、墨のやさしい絵なんかもみられて、こんなのも描いてたのかとびっくりしました。

西洋の戦の絵を描きうつした絵がでておりました。西洋の少年と馬の絵も。
今でこそ西洋の事物は、当たり前にこの地球上にあるものとして私たちはみられるけれども、当時の日本人からすればファンタジーの世界に近かったはずです。今の私たちだって、空想の世界に思いを馳せて絵に描いたり、物語をつくったりします。
江漢が油絵を描き西洋の事物や技法をうつしとったのは、ひとえにそうしてファンタジーの世界に思いを馳せる、少年のようなこころからだったのではないでしょうか。そう思うと江漢の心が、丁寧だけどもどかしい筆が、やけに近しく思われてくるのです。
そうして絵師の人間にばかり気持ちがいってしまいます。

応挙先生の等身大大石良雄像をみていてもそうで、等身大に描かれた人びとの顔、指先の表情をみるにつけ、思いを巡らせるのはその向こうにいる等身大の応挙のことであります。
あの絵は仮名手本忠臣蔵を描こうというよりも、実際にいるひと、そこにいるほんもののひとを描こうとしているように思われてなりません。筆のひとつひとつが親密でやさしいように思うのです。

虎も、百兎図も、時雨狗子図もでていました。
百兎図はみるだに、あの、初めて応挙先生の写生帖をみたときの気持ちです。観察に次ぐ観察のまじめさ、ひたむきさ。
虎と龍の水墨で描いたのがあって、ふと思ったんですけど、応挙は蘆雪の無量寺の襖みたことあったのかなあ。

鯉の滝登りの絵は後期だったので無く。でもでていた鯉の絵も、氷から跳ね返るやつ、格好よかったですけど。鯉への迫真、氷を線だけで済ます潔さ。応挙先生はしばしば潔さも発揮する。そういうとこにじわじわくる。


何回か書きましたけど、江戸絵画のさまざまな「リアル」に新鮮な刺激をもらうとともに、絵師の人間そのもののことを考えてしまう展覧会でした。本来ならば絵そのものをみなければいけないのだから、頭でみちゃっている状態なんでしょうけど。
でも彼らが「リアル」について何を考え、どう取っ組んだか、それぞれの苦悩、葛藤、憧れがドラマチックで、そしてそのたくさんの試みの積み重なりの中に、輝かしく残る絵、埋もれてしまった絵、そのすべてにいとしさを感じるのでありました。
冒頭の解説にもありましたが、奔放で奇抜でキャッチーな絵師たちのブームの中で、このテーマの試みはめちゃくちゃ良いと思います。すごく面白かった。後期も行く気。
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