17/12/6 愛知の蘆雪展に行った話②


つづきです。
(単独行動のため無人のフォトスポット)

繰り返しになりますが、長いので、読まなくていいです。



蘆雪を知らない人に蘆雪のことを説明するとき、わかりやすいので円山応挙の弟子ですという情報からよく入るのですが、
先日その流れで「長田さんは応挙より蘆雪が好きなんですか?」と訊かれまして、
「ど…どっちも好きですが…蘆雪は…勇気が出ますね…」と答えました。たどたどしい。
あの時代の写生の感覚について思いを巡らせるのは楽しいですし、応挙先生の堅実さも身が引き締まりますし、意外とそうでもない部分があったりするところも好きですが、
ぴょんと飛び越えること、守られた、閉じ込められた場所から自由になることには、やはり勇気が要ります。
頭がカチコチに固くて、ビビリで、エエカッコシイの私は、そういう感覚をときどき思い出さなければいけないのです。
というか、思い出せるからやめられんのです。
しかし好きな絵師を訊かれたときに、よっぽどでないと恥ずかしくて長澤蘆雪ですって答えられないです。


さて、このあと展示室には先述の高山寺の朝顔に蛙図、草堂寺の墨垂れまくりのスゴイ群猿図などが登場し、南紀の光を浴びて解放されていく蘆雪とともに、こちらの気分も高揚してきます。
そして目玉の無量寺!展示室ひとつを独占しての空間再現!畳も欄間もご本尊の写真もあるよ!

現地、和歌山の串本に行ったのは2015年3月。何年ぶりだ?2年半か。久しぶり!
その2年半前に、お寺の中も、収蔵庫の展示もみているので(現地では堂内に精巧なレプリカをはめ、収蔵庫内に同じ配置で実物を展示)、
再現展示は、あっそうそう!こうだよね!って感じ。もっと感動しろよ。いや、やっぱり、現地の感動がね…南紀の空気も込みでね…凄かったから…
でも畳の香りもして、虎と龍に囲まれる感覚、襖の表裏の遊び心、やはりとっても楽しい。そしてガラスなしでやってくれんだからやっぱりスゲーよ!ありがとう無量寺!!(ちなみに現地でもガラスはありません)

やっぱりあの虎と龍に挟まれて立つのが最高です。ぐいっとこう現れてきて、身に迫ってきて、それでいて怖くないもの。蘆雪の手が、あの大きさの虎の背中を、あの眼差しを、龍の大きな爪を、体からあの墨がつと垂れる瞬間をつくりだすのを想像するたび、わくわくしてくる。
鶏も猫も、唐子もかわいいんだよねえ。蘆雪は子どもも好きだよね。


で、南紀から戻ってきて、壮年期。いろんなものを描いたり、いろんなことを試したり、いろんなところへ行ったりしている。
応挙先生との比較展示がここにもあり、鹿の絵と犬の絵。
ちなみに今回の展覧会は、応挙門破門説は完全否定の立場に立っていて、応挙先生や応挙門の弟子たちとの合作も出していた。呉春と合作の貼交屏風はラフな感じがちょっと俗っぽくてよかった。

今回仔犬推しがなかなか強いので、犬の絵はいろいろ出ていた。
応挙のころころした感じも安定のかわいさだけど、蘆雪はなにしろ手の動くにまかせて描くので、だらしのない、人間くさい感じのする姿になる。そういう動物の仕草が好きとなれば、断然蘆雪でしょう。おっさんくさい犬猫が好きな人向け。
とは言いつつ蘆雪の仔犬は、完全に応挙先生の完成させた仔犬のスタイルありきなので、仔犬推しされるのは蘆雪本人としてはどうなんですかね。

しかし地に足が着かない。どんどん着かなくなる。また呑んで描いてるし(予想)。蘆雪の絵は愉しくもあるけれども不安でもある。と感じていた自分に気がつく。この不安さの一因がこの地に足の着かなさなのでしょうな。


そして晩年が近づくにつれ、不安はだんだん大きくなってくる。
今回は人生順の構成なので、ますますそこんとこでヒリヒリしてしまった。

蘆雪は子ども二人を亡くしている。キャプションで触れていたのはそのことだけだったけれど、四十のときに応挙にも先立たれている。師であり、理解者であった人がいなくなる。
虚ろな目の母猿、湿気にむせぶ朧月と風景、思わず目を背けそうになる幽霊、そしてなんとなく元気のない、本調子でないような絵たち。
そして凄惨なオーラの山姥。これもよく展覧会に持ってきたもんだと思う。顔のシワ、服のシワ、このころの蘆雪は過剰なほど描き込むきらいがあり、それがクドくて、ウッと胃もたれしそうで、グロテスクだ。
この人の絵を、全て好きだとは言えない自分が居る。苦手なクドさやバタ臭さがある。でもこの展覧会では、そういうものも全て悲哀にみえた。

でもそうして蘆雪の悲哀にまみれていく中で、救いであったのは、終盤、白象黒牛図が登場したことです。
哀しみとか、投げやりさとか、喪失とか、きっと酒とか、そういうものに溺れていくなかで、白象黒牛図は、信じられないほどやさしい絵だった。
そしておそらく、この絵が、去る2013年春仙台でのこと、私が初めて出会った蘆雪の絵である。
(東北での「若冲が来てくれました」です)
久しぶりに会って、こんなにやさしい絵だったのかと思った。
象の表情、牛の表情、豪快だけどもやわらかな筆使い。大きなものと小さなものが寄り添い合うということ。大人気の仔犬ちゃんも4年ぶり。
この展覧会の中だけの話で、蘆雪の全作品ではそうじゃないのでしょうが、これだけの大画面でこんな大胆な構図とモチーフ、こんなやさしい絵、すごく久しぶりに感じるのです。
ふと思い出したのは、無量寺の虎と龍のことです。

考えれば蘆雪にとって、あの仕事はどんなものだったんだろう。自分の転機だと、自慢の仕事だと、やはり思ったのか、それとも南紀のあらゆる仕事のひとつにすぎなかったのか。
そもそも、無量寺の仕事を蘆雪自身、南紀を離れてから、一度でも見返す機会があったんだろうか。
思えばかつての絵師の、特に肉筆画の人なんか、注文主に届けちゃってから自分の絵を振り返ることなんか、ほとんどできないものなんじゃないだろうか。写真も画集もない時代だ。遠く離れてしまえばおちおち見にもゆかれない。下絵は残っていても、ほんものの仕事とは、やはり違うだろう。
蘆雪の胸の中に、あの虎と龍は、どんな姿で残っていたんだろう。
白象黒牛図を描くとき、その胸の中の虎と龍に、想いを馳せているような気がしてしまった。
悲しくて、苦しくて、孤独で、気乗りがしなかったりうまくいかなかったり、そんなときに、あんな仕事をまたしたい、と思ったかもしれない。
あんな仕事をまたしてやる、と思ったかもしれない。
もし蘆雪にとって、仕事があまり満足にできない時期であったなら、そのときに白象黒牛図のような絵が描けたなら、本当にうれしいだろう。
虎と龍とはまたひと味違う、でもそれだけの迫力と優しさ。
この絵の制作年ははっきりしないけども、時期はわかっていて、早くても蘆雪の死の5年前のようだ。これを描いたとき、描くことができたとき、蘆雪には長くてもあと5年しかなかった。
そんなこと知ったこっちゃない蘆雪は、白い象と黒い牛の向こうで、おれはまだまだ描ける、と言っている。

…とまあそんなことを勝手に考え、おそらくは蘆雪にお前に何がわかると言われるでしょうが、白い象と黒い牛のやさしい眼差しを見上げておりました。
大トリは一寸四方の五百羅漢。実物大で載ってる本はよくあるのに、実物が本当にちっちゃくてびびる。

しかしこの一寸の絵を順番に並んでみつめていく人々といい、なめくじ図の線を指でたどる人々、子どもの脚の間に犬の顔をみつけ、虎の襖の裏に猫をみつけ、まんまと愉しまされている人の多さよ。私も御多分に洩れず。
「京のエンターテイナー」という展覧会の副題に恥じぬエンターテイナーぶり。さすがです。

わたしが蘆雪の人生の流れに沿って感情を揺さぶられてしまったのは、余計な情報がいくつも入ってしまっている所為であって、もっと素直にみて素直に楽しんでもよかったのになあ、と思わなくもない。ってか絵はそうやってみるもんだよね…いかんいかん。



(フォトスポットエリアにひっそりと佇む無量寺空間再現展示ミニチュアで雰囲気を感じてください)

はあ、2017年中もっともたのしみにしていた展覧会がおわっちゃったなあ。
勢いでグッズをボカスカ買った。養生テープが意外と使えます。
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