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16/03/10

FB用22

3/7の月曜日に、個展「12人の良からぬ少女たち—卒業—」が終了いたしました。

会期前と会期中は、FBイベントページ(→こちら)の更新ばかりでしたので、
ブログは告知だけして放置状態で失礼いたしました。

↑のイベントページで一度終了のご挨拶はしておりますので、
全く同じ文章を投稿するのも、描く方も読む方も退屈なことと思いますので、
まず、展示会場に設置しておりましたキャプションの全文を掲載するところからはじめます。


・・・

良からぬ、ということはつまり良くないということ、
字面にすれば不良ということですが、その言葉はあまりにも語弊がありますので、
ここでは思春期、十代、そして年代を問わず人がもつ青くさい感情の、
ひとつの表現のかたち、象徴として描いています。

たとえば学校、同級生、クラス、地元、グループ、あらゆる組織、
とても狭い、今となってはくだらないとしか言いようがない世界で、
ちっぽけな自分を押しつぶされないために、どうにか生き抜くために、その方法は選ばれるわけですが、
そうして振りかざされる強さは、その狭い世界でしか通用しない、
そしてその世界をいつか出るとき、いつか必ず出なければならないとき、絶対に失われるしかない、
もろく儚い強さです。

しかしその中で、確かな強さをもつこと、確かにその時代を謳歌すること、
なにかを捨ててなにかを得て、たたかい生き抜くこと、
それはちっぽけで、いつか消えてしまう運命ながらも、確かな輝きではなかろうかと思うのです。

人がもつ青くささというものは、改めて考え直したり振り返ったりしてみると、
どうしても恥ずかしかったり、なんとなくばつが悪くて、直視するのがむずかしいものですが、
その青くささと、一度しっかり向き合ってみようかと考えました。

向き合って、目が合ったときに、
自分の中にかつてあった、自分の覚えているだれかの中にあった、
もしかしたら今でもだれかの中、自分の中にあるかもしれない、
青くさい思いについて、思いをめぐらせることがあるかもしれません。

大学時代の卒業制作です。
まとめてご覧いただくことで、ようやく卒業制作から卒業できそうです。
時間はたち、記憶は薄れ、色鉛筆の粉はおちていきます。
“卒業”に際しまして、今このときだけの強さが、輝きが、少しでもあらわれていることを願います。

長々と申し上げましたが、どうぞ感ずるままにご覧くださいましたら幸いです。

最後になりますが、
展示開催にあたり、大学恩師の谷口広樹先生、母校の東京工芸大学デザイン学科のみなさま、
イラストレーション谷口研究室の先輩方、同級生や後輩のみなさま、
代々木アートギャラリー関係者のみなさま、友人や家族、その他多くのかたがたに、
本当にたくさんのご協力を賜りました。
みなさまの支えがなければ実現できませんでした。
心より御礼申し上げます。

2016年2月  長田結花

・・・


最近とみに、自分の絵をかわいいと言われることが不思議です。
制服をかわいいと思って描いたことは一度もありませんし、これからもありません。
制服そのものでなしに、その中でギスギスしたり、モヤモヤしたり、鬱屈としているところを描いている意識なので、
かわいいと言われると「こんなにギスギスしてるのになあ」と少し驚きます。
グッズを作らないの?と言われて全くピンと来ないのにもそこらへんに理由がありそうなことに気がつきました。グッズ的なアイコンとして描いていないんですね。

悲しいかな、制服というモチーフだけでそういう目で見る人たちがこの世にはいますが、
自分の絵をちゃんとみてくださる方はちゃんとみてくださっているし、ちゃんとみてくださっていればわかってくださっているので、
(まあ、描く側が解釈をそんなに固める必要もないとは思っています。誤解上等。)
そこをうるさく突っ込んでいこうとは思っておりませんが。


自分にとって学生時代を描くこととは、
みっともなく引きずったままの反抗心や憧れやモヤモヤ、地元においてきたいろいろ、
そういう過去の消化、というよりは弔いなのかもしれなくて、
(まあ勝手に自分がそう思いたがっている節もあるかもしれませんが)
今回の個展は、卒制の完結、区切りであると同時に、
自分自身、つづけてきた過去の弔いそのものの区切り、でもあったように思っています。
形だけでも区切りをつけたかったのです。
FBページでも書きましたが、たいがいの卒業なんてものは、大量生産の安っぽい花をつけて、大量生産の卒業証書をまとめて渡して、
形ばっかりで、本人の気持ちが卒業できるかどうかなんて中身は別の話です。
だから自分の気持ちが、本当に区切れたかどうかなんてのは怪しいです。

会期後、恩師の先生にばったりお会いしたら、「長田が一番感じ入ってる」と仰っていて、
あ、そうか、自分のための個展でもあったんだな、などと今更思ったりもしました。


学生「だけ」を主題にした「個展」は、今回でひと区切りしようと思っています。
わざわざ文字にして言うこともないかもしれませんけれど。

モチーフや技法を広げることにも興味が湧いていますし、
実際、次回の展示ではそういう主題を計画しています。
過去の弔いは終わった(ということにした)ので、
現在の自分にできる絵を、お見せしたいという気持ちが、会期中からふつふつと湧いておりました。

もちろん全く描くのをやめようってんじゃありませんし、
ていうかこれだけ個展でお見せしておいて、このタイミングで描くのやめるの無理でしょうし、
ただ、この主題だけにこだわらなくなりますということです。


個展にかかわってくださった、お力を貸してくださった、たくさんのあたたかいお心遣いをしてくださったみなさま、
何度も繰り返しになりますが、本当にありがとうございました。

次へ向けて精進してまいります。


FB用23
窓に映る人たち。

搬出作業で、自分の手でひとりひとりを下ろしたとき、
一番、近くで、ちゃんと、それぞれの顔と向き合えた気がしました。

遅くなってしまってごめんね。2週間楽しかったな。
君らがいなければわからなかったこと、できなかったことがたくさんあったよ。
もう出てもらうことはなくなるけど、できるだけきれいにしておきますからね。
ありがとう。
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