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15/10/24

DSC_3163.jpg
はい。こんにちは。
行っちゃいました、という話ですね。

石川県は七尾と、金沢です。
今回のメインはもちろん↑です。(写真参照)
春先の等伯新発見のニュースは刺激的でしたね。あのときはまさか、みに行くとは思いませんでしたけど。
一度「行けるんじゃね?」と思ってしまうともうだめですね。

DSC_3169.jpg
金沢21世紀美術館も行きました。
すごく広々としたスペースで、きれいで、見やすかったです。
展示室ひとつひとつを、ちゃんと空間としてつくる意識がしっかりしていると思いました。
ステートメントもちゃんと読めるし。
スイミングプールは誰かと一緒に行った方が楽しいと思います。

楽しかったですが、七尾は駅〜美術館間と、金沢は大都会部分しか歩けませんでしたので、
あまり能登に来た!とか加賀に来た!という実感のないまま、帰ってきてしまいました。
あれ、夢だったのかな。

ちなみに今回、夜行→泊まりなし1日→夜行という初めての弾丸でした。
今までのひとり旅の具合で「行けそうじゃね?」と思ってやってみましたが、泊まってみないとみないで、あくせくしてしまうものですね。
帰ってきてから、もらってきたガイドブックを眺めている始末ですからね。
七尾の山の寺まわりとか歩いてみたいです。
まあ旅をするとやり残しをしてきてしまうもので、だからまた行ったりするんですけど。


で、メインの話をするのが目的の記事なんですけれど、
たぶん長くなりますから、ご面倒な方はこの先無視してください。


石川県七尾美術館、「本邦初公開!よみがえった等伯水墨画を中心に」。という。まあ等伯展。
規模は大きくない展覧会でしたが、等伯をまとめてみられる機会というだけでなかなかチャンスが無いものなので、
自分の中の、ぼんやりとしていた等伯像が、なんとなーく、固まってきたように思います。
若い頃の掛軸を数点のあと、壮年、晩年の襖や屏風を、(多くはないですが)ばーっと見せてくれて、
全体通して静かにハイテンションでした。自分が。

DSC_3170-1.jpg
(リアルタイムのハイテンションをなんとなく感じられるかもしれない、展示室内での走り書きメモ)
このへんのメモから抜き出して、七尾で見た景色の覚え描き(現地スケッチではなく、帰ってきてから記憶や写真や資料などで描いたものですがご容赦ください。)を交えつつ、以下、感想、というか思ったことをつらつらと書きます。


七尾線の畑
(七尾線からの畑)

金沢から七尾までの電車、途中、同じ車両に誰もいなくなったり、
美術館に着いたときにも、本当にひと気がなく、展示室に一人だったらゆっくりみられていいけどちょっと寂しいなあ、と思っていたら、
展示室にはちゃんと人がいて、ほっとしました。よかったね等伯。

最初は信春時代の掛軸。
きれいだし上手いけれど、若い頃の絵はどうしても堅い。達磨はこう、羅漢はこう、花鳥はこう、って感じにとらわれがち。
でも樹のポイントのおさえ方とか、ぐにゃんぐにゃんに伸びた樹の造形がそれっぽい。垣間見える壮年、晩年の等伯。

次の展示室に入ったとき、一番最初に目に入って、引き寄せられたのは、勝手に描いちゃった説のある山水図。
あれって何面もあるんですね。その内から4面。
実物を初めてみたら驚くほどきれい。
ものの本で、「襖の模様を雪に見立てている」というのを読んだけれど、本の図版でみたときは、「これ雪に見えるか?」と思っていた。
でも実物は、本当に襖の模様が白く光って、雪だった。
水墨で、間を広くとり、細かいところを描かずぼんやりと描いているのが、またこう雪の降る湿った空気の向こうに、かすんでいるみたいでいいのだ。

七尾の石垣
(七尾の石垣)(やたら高い)

それから同じ部屋に松林図の複製があった。まあ、等伯を売りにしているんですから、松林図の複製くらい、あったら良いでしょう。
七尾に来たらこんな景色が見られるだろうと思っていたけれど、実際はあまり動き回れず、今回は見られなかった。
でもやっぱりこれは、故郷の松だろうなと思う。
七尾からは、少し離れたところに山が見える。山頂がいくつもあって、平坦な形の、てっぺんがジグザグした山。
松林図の後ろに、うっすらと頭を出している山に、少し似ている。(絵の山はちょっと丸いですけど。)
よく見ていた景色って、すりこまれているから、ふとしたときに絵に出てきてしまうものだ。わたしは山を描くとみんな地元の山になる。
あと、今までも薄々思っていて、もうためらわずに言ってしまいますが、
松林図の松は、見るたびに、松の木が歩き出しそうに見えるのが、ちょっと楽しいです。すみません。

それから南禅寺天授庵の襖。
あ、最近出た等伯の襖絵の本の絵だ。表紙になっていたトラネコかわいい。
キャプションには「表情に驚きと恐れがあらわれている」みたいなこと書いてあるけど、「あれー」みたいな顔だよなあ、これは。
この絵も間を広く取って、空間が気持ちいい。あまりみたことがない人物画というのも新鮮。
一番端にいた童子の顔が、妙にリアルで色っぽくてドキッとした。
身近な誰かの顔を見て描いたのかもしれない、若い頃の久蔵とか。奥さんとか。なんだか、そんな親密さを感じる顔。
そしてこのとき既に、枝の描写に荒ぶる大胆さ、『日本美術応援団』で言うところの「乱暴力」が湧いてきているのだが、このへんはまだ序の口なのだった。

七尾の枝
(七尾の枝)(これめっちゃ等伯が描いてるやつっぽい!と思って写真撮ったやつ)

3つ目の展示室。晩年の屏風がずらり。
いよいよ樹がやばい。 (←メモの原文まま)

六曲一双の烏鷺図屏風、二曲一双の竹林猿猴図、それから新発見の二曲一隻×2、という部屋でしたが、
このどれもの樹や竹の描写に、先ほどの襖絵に湧きはじめていた「乱暴力」が、溢れんばかり発揮されている。
先日、出光美術館の「躍動と回帰」展で、等伯の屏風をふたつみたばかりだったが、それらよりもさらに大胆さが増している。
「烏鷺図」の樹など、もはや間近でみると何がおきているのかわからない。くらい大胆。
そしてその、勢いが、大胆さが、「乱暴力」が、すごく心地いい。
あの何が起きてるのかわからない樹の筆の中に放り込まれるのが、とても良い。
静けさや空間とよく言われるけれども、等伯の面白さはここにもあると思う。気がつくと烏鷺や猿より、樹や竹ばかりみていた。
それでいて、その大胆さで作られる空間は静謐なのだから、やっぱり不思議。それは出光美術館でも思った。
墨の濃淡で遠近を描くのはもう十八番だし、そうやって遠近や間の取り方で、空間の広がりをとても気持ちよく見せてくれる。

猿猴図の親子の情感。子猿を背負っている母猿。子猿はにこにこしていて、とてもかわいい。
こういうの、どうしても自分の感情と重ねあわせずにいられないと思うんだ。息子死んじゃってるだけに。等伯からしたら余計なお世話でしょうけどね。お前に何がわかるとか言われそうですね。
そういうことを考えて、この親子猿を、微笑ましくも切なくみたときに、
新発見作の猿猴図をみると、かなり痛んで剥がれてしまっていて、猿の親子は、子猿がいなくなってしまっている。
それがなんだか、本当に久蔵がいなくなってしまったみたいで、とても悲しい。
等伯が今こうなってるの見たら悲しいだろうな。いやそれこそ余計なお世話ですね。
思えば今剥がれてしまっているところにも、等伯がその筆で描いた絵がのっていたんだよなあ。どこかに行ってしまったんだなあ。なんて当たり前のことをしみじみ思ったり。

剥がれてしまってはいるんだけれども、新発見の2隻は、展示室の中でも、もしかしたら今まで私がみてきた等伯の絵の中でも、特に強い絵だった。
単純に、墨がぐっと濃いところが多く、その力強さが印象的。
そしてその筆も強い。特に竹の方。なんだかじわじわと強い絵で、名残惜しくいつまでも眺めていると、あ、強い、強いという言葉が頭に浮かんだ。
竹のわきに松がいるの今まで気がつかなくて、気がつくとへえ!と思い、そしてその画面への入れ方がおもしろい。
もとは六曲屏風だったそうだから、元々はこんなぎりぎりに入っていたのではないのかもしれないけど。
松も竹も太くてずっしりとしている。猿も毛が濃くて固そう。ぐっと強くて、自信のありそうな絵だ。
絵としての引きつける強さ、みたいなことを考えていたので、ちょっとドキッとした。
出光美術館のときは、静かな中にひしひしと野心を感じたのだけれど、
今回は館内が静かなせいなのか、それとも猿にもってかれたせいなのか、あまり野心感は感じなかった。

剥がれたり傷ついたり張り替えられたりしても、400年も経って、こうして故郷に帰ってくるなんて想像つくだろうか。

七尾の川
(七尾の川)


リアルタイムのメモなんかあるせいでいちいち細かいですね。
でも、作品数が少ない分もあるかもしれませんが、ひとつひとつをじっくり堪能できて、心地よかったです。
良い空気を吸えて、良い体験ができました。
風景は、人物以外のモチーフを描きたいと思っていたので、ちょうどよかったのです。

長くてすみません、ブログ以外に話す場所がないのでご容赦ください。


DSC_3162.jpg
締め。七尾のゆるキャラ。(これを等伯が見てどう思うかを考えるとじわじわ面白い)
どっとはらい。
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