18/12/7 グループ展のおしらせ

恒例の更新ぶっとばし魔、長田です。
グループ展のお知らせをさせてください!


MalleDM_4C_web.jpgMalleDM_1C_web.jpg

☆「坪田譲治 にっぽんむかしばなし 絵本展」
会場/GALERIE Malle(恵比寿)
会期/2018年12月11日(火)~12月23日(日) ※12月17日(月)休廊
12:00~19:00(最終日は16:00まで)
詳細/ https://galeriemalle.jp/archives/6861

児童文学作家・坪田譲治氏の「日本むかしばなし集」より10編、
10組のイラストレーター+デザイナーが制作した絵本と、その原画の展覧会です。

私は「姉と弟」というお話を描き、
デザイナーの菊池千賀子さんに装丁を仕上げていただきました。
ご存知ない方が多いお話かと思います。私も、坪田氏の「日本むかしばなし集」を読むまで知りませんでした。
弟を、お姉さんが助けてくれるお話なのですが、登場するモチーフや、
「よかったなあ」としっくりくるラストが気に入っております。
ぜひぜひ会場で読んでみてくださいませ。

少し久しぶりのグループ展参加です。少々緊張しております。
絵本そのものが初めての経験でしたので、どんなふうにご覧いただけるか気になります。
時間の詳細は未定ですが、初日の12/11火曜日と、
会期中の土曜日、日曜日には在廊するつもりでおります。



本日、原画を額装したのをチラ見せ。

どうぞよろしくお願い申し上げます。
スポンサーサイト

18/7/4 感じなくなりたくない話


7月がきてしまった。ほぼ月一更新ブログですみません。
橋口五葉の話を書こうと思っていたんですが、ちがう話です。


突然ですが、都会では脳を麻痺させなければ生きられないとおもっている。
万人に当てはまるわけではなくて、都会のほうが生き生きとしていられるひとも居るけれど、自分がそれになることはとうに諦め、なるべく鈍感に、物事を深く感じすぎぬようにして生きている、という自覚がある。その場しのぎの方法でしかないから、遠からずなんとかせねばとは思うのだけど、このさき永く生き延びられる方法が、いま近くには見つかりそうにない。

たまに麻酔が切れる。駅や街の人混みが、喧騒が、あらゆるきらきらしたものが重くのしかかってくる。
フィリップ・ワイズベッカー展をCLASKAにみに行ったときが、はからずもそういう日であった。正直こういう日は絵をみるのには向かない。ひとりで歩いているとそれだけで重々しい心持ちになるので絵に集中できない。そういう心持ちでみることになってしまう絵に対して、とてもとても申し訳ない気持ちになってますます悲しい。
駅にびびり、街並みにびびり、重苦しいことで脳をいっぱいにしながら辿りついたCLASKAに一番びびった。すごくきらきらしたところである。でもここで引き返したら何をしに出てきたのかわからぬから入った。

CLASKAのギャラリーは想像以上に広くて、白いきれいな空間で、お洒落なショップもあった。そのなかにワイズベッカーさんの絵が、ぽんぽんぽんと浮かんでいた。しかし頭がまだ重いわたしには、その浮かんだ形と線が、すごく遠くに思える。しばらくその状態がつづいた。

すこし変わったのは小さなチョコレートの絵の前だった。ふしぎなかたちの小さな絵が、ぽつんぽつんと並んでいた。おや、と思ってキャプションを覗くと、CHOCORATEという文字がある。そうして改めてみると確かに、四角い箱の四角い仕切りの中にぽつんぽつんとひとつずつ入っている、あのチョコレートの形なのである。
そのぽつんぽつんと入ったひとつひとつの形へのいとおしさが、ふと近しく感ぜられた。小さきものはみなうつくし、と思った。清少納言。

それから飛行機の絵の前に立っていたとき、ふと、手の上を小さな蜘蛛が歩いているのに気がついた。
いつから私の身にくっついていたのか、家の近くでバスに乗る前か、そのあと電車に乗る前か、はたまた駅からギャラリーへ歩く道中か、実はギャラリーにずっといたのか。それはわからないけれど、少なくともある程度の距離をわたしが運んでしまったことは確かであり、この小さきものはそれに抗うことができない。人間が歩いて運んでしまうこともあれば、電車や車、もしかしたら飛行機に乗ってしまうことだってあるだろう。そうして勝手に、時に不自然な方法で遠くまで運んでしまうことに対して、その先で起こることに対して、人間は責任をもてない。責任をもてないまま、自動車に乗り、電車に乗り、飛行機に乗る世の中で生きている。まったく不自然だけども戻ることもできないものなあ、などと思いながら、空調の効いた室内に蜘蛛を放した。

置かれていた画集をぱらぱらとみていると、ワイズベッカーさんの絵の心地よいフォルム、線、かたちへのいとおしさが、少しずつじわじわと、重い頭に沁みこんできた。しばらくして見ると蜘蛛はいなくなっていた。あいつらは結構すばしこくて、人間が思っているよりずっとタフでしたたかなんだ、たぶん。

久しぶりに、ものすごくゆっくり、じっくりと展覧会をみた。自分のからだで吸収し、咀嚼し、味がわかるまでみた。
絵をみる機会が少なかった頃は、いつもそうやってみていたのに、何かと機会が増えると義務感とか、みたという事実のためにみにゆくとか、そういう風になってしまうことが、認めたくはないけれども有ったのだ。殊に出がけに麻酔が切れ、頭と身体が重くなれば尚更のことで、それこそ絵に対して甚だ無礼なことである。不誠実。

道具のかたち、乗り物のかたち、建物のかたち、かたどる線の一本一本、色鉛筆で塗るタッチ、無機質なようでいて宿るぬくもり、少しずつ、ひとつひとつ、心地よさを感じることができた。
そしてギャラリーに入ったときは、正直このまま帰ろうとすら思う状態であったが、ちょっと元気が出て、ワイズベッカー展をみたあとも、少し各所をまわることができた。

それは麻酔を打ちなおしたのではなく、何か別のものを、注射とか、点滴とか、して貰ったような感覚であったと思う。栄養なのか、薬なのか、身体に必要な成分なのか、最近のわたしにはそれが不足していたのか。
それがワイズベッカー展でなければ得られなかったのかはわからないのだけど、ワイズベッカー展でよかったんじゃないかなあ、とも思う。
もしかしたらより大事であったのは、じっくりと吸収し、咀嚼し、味をしっかり感じながら絵をみるという、経験そのものであったのかもしれない。もしかしたら薬でもなんでもなくて、ただ普通に味わってごはんを食べたというくらいのことであったのかもしれない。でもそんな普通で、あたりまえのことでも、時として人は感じなくなってしまうのだろうか。

感じなくなりたくないなあ、と思いながら、自戒のように書き留めておきます。

18/06/07 気づくのが遅い話


先日、初めてシンポジウムというものを聴講した。
テーマは「縄文の美」で、故宮に行ってからプリミティブなものへの興味が再燃しているのでもっといろいろ見に行ったろというのが、足を運んだ一番の理由だったのだが、
その話の流れでようやく気がついたことが、自分にとってとても腑に落ちたので、書き留めておきたいので、書きます。


もちろん諸先生方の講演も聴けてうれしかったのだけど、気づいた一番のきっかけは、最後のパネルディスカッションで、
自然との共生、という話がでてきたことです。

予習も兼ねて、縄文の本を読んでいたのですが、その中でも「自然との共存共生」という話はしばしば登場し、
非常にあこがれと共感をおぼえていたのだった。
さらにはごく最近、「かぐや姫の物語」と、「モリのいる場所」をみて、やはり自然と人間ということに、どうも考えが及んでいたのである。

まず「欧米の美術は作品と”対峙”するけれど、日本の美術は作品の中に入っていく。”共生”ですよね」という話があった。まずこれにめちゃくちゃ共感した。
絵が絵の中に自分を入れてくれる。私が日本のむかしの絵をすきな理由のひとつである。
うまく関係性をもてない絵に出会ったとき、「入れてくれない」と思うことがある。それがどういうわけか明治以降の日本画に多い。欧米の絵をみるときははなから入れる入れないの問題など考えないが、日本画となるとやはり江戸以前の絵の感覚と同じものを求めようとしてしまうのかもしれない。そしてちょいちょい閉め出される。
「入れてもらえる」感覚は私の勝手な錯覚ではなかったのだとうれしくなった。

その流れで、「自然と対峙するのではなく共生する、というのは、日本文化のいちばん根底にある」ということを、私の尊敬する先生が仰った。これがますますうれしかった。
本を読んであこがれた、縄文に端を発する感覚が、わたしの好きなものの中にずっと流れているのだ。

ひいてはわたしの好きなものをわたしが好きな理由が、なんとなくわかった様に思えた。わかってなかったのかよって感じですけど。
縄文の土偶とか、何かいてるか全然わかんないけどもしかしたら宇宙の真理がかいてあるんじゃないかとわくわくしてくる謎の土板(東博の考古展示室でみた)とか、故宮でみた古代文字とか、古代や民族の装飾品とか、日本の花や鳥の絵とか、風景のど真ん中に入れてくれる屏風とか、そういう、いままでなぜだかわからないままドキドキしていたもの、
もしかしたら、人間が自然の一部として生きていることを、感じられるから好きなんじゃないだろうか。
そして遡れば、小学生の頃ドキドキした弥生時代や縄文時代も、ぼんやり惹かれたいろいろな古代文明も、中学の頃すきだった漫画も、みんな、「人間が自然の中で生きる」「自然のほんの一部にすぎない」ことを、感ぜられるからすきだったんじゃないだろうか。とすると、私のあこがれは、小学生くらいからずっとあるということになる。

いま生きていて感じるあこがれも、違和感も、その意識が根っこにあることを考えればわりと納得できて、
なにやら自分の感情の、言葉にできていなかった部分をようやく自分なりに解釈できたようで、そのうえでやっぱり好きなものを好きと思えてうれしくて、ありがたいなあと思った。
故宮と台北へ行って、好きなものを思い出すことができたということは、好きなものを忘れていたということではないか。毎日生きていて、自然の一部だという実感からどんどん離れていくうちに、いつしか自分がそれを求めていたことすら忘れて、好きなものも忘れていたのではないか。そうして違和感だけが残っていて、この違和感がどうして起こるのかもよくわかっていなかった。

なんか、昔から、自分の好きなものとか、大事にしたいものとかに、気づくのが遅いんですよね。
今回だって、遡ったら小学生のころのこととか思い出したわけで。何年経ってんだよ。
故宮をきっかけにして、今いろいろみようと心がけていますが、まさかこんな深いとこまで意識が及ぶと思わなかったので、びっくりしています。
なんか本当に、どこでなにが起こるかわかんないから、自分の目と手と足でためしに行かなきゃだなあ。

しかし、シンポジウム初聴講、
先日「これちょっと聴いてみたかったなあ」という美術館の講演会をふたつ逃して、次こそは興味持ったら行くぞ!という気持ちもあったところでして、会場も好きな美術館でしたし、足を運んでみたのです。
自分より高めの年齢層に柄にもなくびびったり、前列で研究者とおぼしき方々の名刺交換が展開されて柄にもなくアウェーを感じたりしましたが、
しかしそれでも聴けたのだから「私でも聴ける…!」と安心しました。

ちなみに、別に勘違いはされないと思いますが、自然を守ろうとか、自然の中で暮らそうとか、はたまた懐古とか、そういうのとはちょっと違うと思うんです。解る人にだけわかればいいです、そのへんは。

18/4/29 台北故宮博物院の話


突然ですが、台北に行ってきました。
突然決まりパスポート取りながらも「ほんとに行けるんだろうか…」と不安になっていたのでまったく人に言っていませんでしたが、ほんとに行けました。突然行って突然帰ってきた。
台北行くならとりあえず故宮博物院はぜったい行きたい、あとは美味しいものとか食べられればOK!みたいなざっくりした希望を同行の友人に伝え、希望どおり故宮へ行かせてもらいました、というわけでブログには故宮の話をメインに書きます。
あとはマンゴーのかき氷だの小龍包だのを食べたり夜市をうろついたり九份の階段で豪雨に降られて盛大にすっ転び周囲の観光客に心配されたりといういかにもな観光をしておりました。たのしい。


で、故宮です。
東博に故宮博物院展がきたときに行きそこねたんですが、「まあ台北くらいなら近いしいつか行けるんじゃないかな…」と思っていましたので念願の故宮です。
全部はみきれないつもりで行き、実際全部はみきれなかったんですけどとりあえず白菜と角煮は押さえた。皆写真バシャバシャ撮っててソワソワした。

台北に泊まっていたので電車で最寄りまで移動してそっからバス乗っていくんですが、
今回の旅行で長田がおもしろがったポイントベスト3に入るのが移動中の車窓の風景であり、移動のたびに景色をながめてしずかに興奮しておりました。
空港に着いたときから「なんか色味違くない!?」と言ってましたが(今思えば窓ガラスの色だったのかもしれないな…)、どこ行っても山の色や葉っぱの感じとか建物のつくりとか街のつくりかたとか、すごく面白くてわくわくした。
特に建物は、縦線と横線がめちゃくちゃ多くて隙がなくてたいていてっぺんに余計なものがくっついていたりして、どれもプラスの仕事でできている感がすごくてゴリゴリしていた。間の国日本ではやらないデザインだ。そういう建物を山のすぐそばにボカスカ建てちゃうのも間の国ではやらない。強そう。



故宮の門と強そうな建物

閑話休題、故宮までも景色を眺めながら辿り着き、これまたプラスの仕事でできた色鮮やかな故宮の建物をiPhoneのカメラに収め、展示室の入り口で「リュックダメ」と言われてコインロッカーに荷物を預け(セキュリティがしっかりしている!)、とりあえず三階の展示室まであがりました。白菜と角煮が三階だから。
階段が東博の三倍くらい広かった。スタッフの人も日本語できるし日本人いっぱいいるし、チケット売り場のお姉さんはとてもフランクに仕事をしていた。日本語のパンフがあるっていうから貰おうと思っていたのに忘れた。そして未だ手元にない。

今回みたのは青銅器と、チベットやウイグルなど民族の文物と、玉器と、白菜角煮と、あと書画あたり。
体験型の展示室などもありそれも面白かった。玉器の企画展は、人でごった返しているのに閉口しあまり覚えていない…。ツアーで団体でまわっている人たちもすごく多くて、ぶつかるとすごい人ごみになる。

三階でとりあえず最初に入ったのが青銅器の部屋だったのですが、これ個人的に当たりだった感あります。
春秋戦国時代などの、紀元前の青銅器ですが、動物の飾りや絵がついているのがけっこう多くてかわいくて、フォルムもいろいろでやたら丸かったりやたらゴツゴツしていたり凝った形もたくさんあって、「かわいー」を連発していた。日本語のキャプションが少ないため詳細がわからず無知ゆえ「かわいー」を連発していた節もある。プリミティブなデフォルメ、模様でいっぱいにする原初的楽しさ。
あと古代文字もかわいい。すごく昔の漢字がいろいろなところに入っている。ものを入れる内側の部分に文字を入れるのは機能的にどうなのかと思いますけど、でも入れちゃうんですよ。
生きてる人が模されて文字になってる感が良いんですよ。「楽」って字とかほんと楽しそうなんですよ。久しぶりにトンパ文字をみたくなった。小学生の時分、CMをきっかけにゆるゆるとトンパ文字にはまっておりトンパ文字Tシャツを着ていた。この話は前にもした。
チベットのアクセサリーなども、考古展示室で勾玉をみているときのようなドキドキを感じ、楽しかった。どうしてあんなにドキドキするのか自分でも不思議。

白菜角煮は名物として二つが同じ部屋に配されており、スマホのカメラを向ける人の行列であり、肉眼でみるだけの派閥の自分、少数派すぎてなんか不安になる。
翡翠の白菜は5センチくらいの小さなものを想像していたのですが意外と大きく、しかし同行の友人はリアル白菜サイズを想像していたらしく小さかったとのこと。
その点角煮は裏切らないサイズ感である。コラーゲンの再現度が高い。リアル角煮なのであの仰々しい台に載っているのが冷静になるとちょっと面白くなってしまう。
しかし白菜にしろ角煮にしろ、天然の石の色や質感を生かしてつくっていることを考えるとやはり驚く。特に角煮。白菜も、すきとおる緑がとても綺麗だけど。
いや今回の感想、視点がほんとうに無知だな自分。大丈夫なのか。


で、玉器をみたあとすこし休憩して、二階の書画の展示室がみたかったので(余談ですが「画」を「畫」と表記するのは良いよな…なんか字も絵もどっちもカバーしてる感がぐっとくるんだよな…)、
行きましたらこちらの企画展、入り口のとこにでかでかと告知されていた「偽好物」というキャッチーなタイトルとビジュアルの展覧会でありました。



これです。

「偽好物」とはなんぞやというのをわからぬまま突入してしまったのですが、中盤でみつけた日本語の解説によれば(中盤にあんな基本的な解説があるのも妙なので順路どおりみていなかった可能性は高いよな…)、
「蘇州片」と総称される偽古書画作品群が16~18世紀にあり、まあ言うなれば模作、贋作ですから美術的価値ありとはあまり看做されてきませんでしたが、質と量とに無視できないほどの膨大さがあり、それらの質の高さ(低いものもあるそうですが)とその影響とを今回展覧します、という、まあざっとこんなところでしょうか。
「偽好物」というタイトルになんとなく予感はしつつも、展示室でみていたものが贋作(模写とかかもしれないけど)とは思っていなかったので解説読んでたまげました。それだけハイクオリティーだったわけです。
その先には故宮所蔵のオリジナルと比較する展示などもあり、微妙な違いや、微妙どころじゃないちがいをみつけるのがとても楽しく。だって人の髪型だの服装だのさらっと変えたり、挙句の果てには居ない人を付け加えたりしているんですよ。逆に消されているパターンもある…。

しかし中国の人の絵というのは、とても繊細で、ぬかりなく、隙がなく、丁寧で美しい。
ひとを描く筆の繊細さ、岩を描く筆の重厚さをみるだに思う。
そして何よりちがいを実感したのは木の葉に対する意識。ちゃんと樹や枝の大きさに対して正しい葉の大きさで点を打っている、リアリティを考えたら当然なのだけど驚いた。日本の人の描きかたはもっとざっくりしている。筆で書ける大きさの点で葉のかたまりを描く、同じ時代に同じ絵巻を描いても日本ではそうする。意識のちがいが如実にあらわれる。

空港へ向かう電車からの景色で、山に色んな種類の大きな葉っぱが繁っているのをみた。
いわゆる南宋画そのままであった。
私がみたのは台湾であって大陸のほうではないからわからぬとはいえ、あの絵の葉っぱの感じはほんとにあるんだな…と思ったりした。日本の人びとは、中国の人が描くものを真似して、知らず知らず中国のリアリティを描いていたのだろう。
文人の人びとが描いた山水画のような、岩山がひしめき合う景色もきっとほんとにある。当時の日本人からすればファンタジーであり、別の星のような異世界だった風景。
あと緑の山の先端を濃い青で塗る表現も、どうやら中国が先っぽいですね。あの表現はすごく好きで、かつてボストン美術館展で光琳の松島図をみて初めてあの色に出会ったとき、衝撃を受けたものだけど。
もしかしたらあの色、あの先っぽが青い山も中国のどこかにあるんだろうか。あるなら見たい。

などと、絵についてはなんとなく日本とのつながりに思いを馳せました。


みられなかった展示室はまたの機会に、というか時期によって膨大な収蔵品を入れ替えているはずなので、また行ったらきっと新しいものがまたみられる。たのしみ。

解説が読めない無知ゆえ(漢字と超簡単な英語くらいしかわからない)、絵以外は、本能でアンテナが立つもののところへ近づきがちでしたが、
やはりプリミティブなものだとか、古代のものだとかにどうやら惹かれていたようです。
そういうものをもっとちゃんと調べたり、いろいろ集めたりしてみようか。しばらく日本の土偶だの勾玉だのばかりみてきたけど、それは興味の氷山の一角であって、もっと視野を広げてみてもいいかもしれないな。

台北は日本から近いけど、それでもちがう空気にふれて、もっと遠くやいろいろなところにも、行ってみたくなった。
放っとくとすぐ気持ちが鎖国してしまうんですが、少しは緩和されてゆくかしら。などと、いま思っております。

18/4/10 今年の府中市美術館春の江戸絵画まつりの話

もはや定型文ですが、長いので読まなくていいです。



さて今年もこの時期が来ましたね、春の江戸絵画まつり。
昨年の国芳は見送ってしまいましたが、今年のタイトルは中々にそそられたので行ってきましたよ府中市美術館。
春休みの府中の森公園はとても明るくてお花と子どもがいっぱい。もう少し早ければ桜がもっと見られたかな。

さて展覧会。今年のタイトルは「リアル 最大の奇抜」。
「かわいい江戸絵画」からみている府中市美の江戸絵画は、どちらかというと奔放でのびのびしたイメージがあり、しかし今回のテーマは「リアル」でしたので、今までのような新鮮味や脳みそほぐされる驚きはそんなでもないかなあ、と高をくくってました。くくってたんですよ。まあ応挙先生くらいかな、程度の気持ちだったんですよ。
ところがどっこい刺激でいっぱいでした。

まじめで、緻密で、丁寧な絵の大人しめな展覧会かと思うじゃないですか。みてみれば、江戸時代の「リアル」の面白さ、新鮮さ、「リアル」に取っ組んだ人びとの苦悩、葛藤、愉しさ、成功や驚き、偶然、彼らの憧れや挑戦に目を向けた、とても興味深くて刺激的なテーマでした。
そして「リアル」をめぐるさまざまを感じさせ、検証するために集結したさまざまな絵師、さまざまな作品たち。
府中市美くるとだいたい「なんだこの絵はーーーー!!!??」「なんだこいつ(絵師)はーーーー!!!??」などと新たな出会いにのたうち回るんですが(心で)、今回もほどほどにのたうち回らせていただきました。ありがとうございます。

という切り口のおもしろさに、まず冒頭の挨拶からやられちゃったんですよね、
今までのテーマより今回は堅苦しいかもしれませんと述べたうえで、
「近年若冲や蘆雪の大胆な絵が人気ですが、当時彼らと同じくまたは彼ら以上に活躍した応挙や江漢はどうでしょう、彼らのような奇抜さはないので派手な魅力は感じがたいかもしれませんが、残念かつもったいないことです」と(超大意でまとめていますが)、こんなことが書かれていまして、いや泣くしかないだろこれ。入り口のパネルの前で涙ぐんでいた怪しいチビはわたしです。


閑話休題。テーマへの感謝が溢れすぎました。
最初は王道な「リアル」を感じられる絵たちから。トップバッターは森狙仙であります。動物たちの毛描きのふわふわと、手触りまで感じるリアリティー!絵巻などは近くからみられるので、筆をどうやって運んでいるのか気になりながら覗き込んでしまいます。
でも動物たちのフォルムや顔立ちには、どこか日本的な形の捉えかたがあり、それがまたひょうきんで可笑しかったりするのです。狙仙のいい絵いっぱい持ってるんだなあ。まあつまり狙仙がいい絵をいっぱい描いてるんだなあ。

花の絵、風景の絵。花の絵は織田瑟瑟(しつしつ)という女性の、桜を描いた絵が驚きでした。今回のなんだこの絵は第一号である。尼さんになって桜をずっと描いていた人なんだそうである。花びらひとつひとつ、葉の先のひとつひとつへのなまめかしい執念がひとつの絵に集約し、凄みが匂い立っている。本当に桜ってこうだ、いや本当の桜はここまでじゃない、存在感に悩まされる。
白糸の滝の絵も、これも知らないひとで村松以弘という御仁だそうだが、たくさんの滝、岩、山を隅から隅まで濃密に描き、それがいちまいの風景になったときの存在感。プラスの仕事の熱さ。

根津美の応挙展で、「はしからはしまでちくちくちくちく地道に描いて、よし、できた!って全体をみる、その快感なんだよなあ」と考えたことを思い返す。描くほうの快感も、みるほうの快感もあるのです。
ほかにも亜欧堂田善の風景や(こんな「見たまんま見える」風景、当時の人らは感動したろうなあ)、たしか京都でみてうめーなーって思った原在中、土方稲嶺、あっあと岸駒のトンボの絵も絶対あるだろうなと思ったらありましたよ。鶴亭という人の芭蕉の絵も、リアルさと平面性が奇妙に共存していて印象的でした。こんなにいろいろ思い出せるのは図録が手元にあるからです。


それから、「リアル」の追求によって思わぬ表現に至る絵師たちの章に入りましたが、ここの解説がまた丁寧で、
当時のリアルは西洋的デッサンを経ているわけではなく、近現代の西洋画のリアルと必ずしもつながらない独特な魅力を醸しているのだということを言っており、いやいつも解説丁寧でほんと泣けます。

「光」を意識することによって、日本的形態や空間でできた絵の世界の中に、突如としてあらわれる陰影、遠近、それらがただならぬ奇妙な印象をつくり出し、ちょっとひと目見たら忘れられないような強烈な絵になったりする。
当時の人から見ても斬新であったろうし、今見てもあたらしさがたくさんある。ちょっと稚拙という一言では片付けられぬ凄みだと思うんですが。如何ですか。
祇園井特は何回かみているんですが、あの強烈な顔をじっとみていると、ああきっと目の前にこんな人が居るんだな、と現実的な女性の顔の印象が、ふっと浮かんだりする。

端からちくちくちくちく描いて、よし、できた!ってなったときに、納得できる想像通りの仕上がりになることもあれば、あれ!?と思うこともある。予想だにしなかった、もの凄い様相を呈してしまうこともある。この時代の彼らは、「リアル」に取っ組む中でいろいろなことを試して、そして「あれ!?」という経験を何度もしてきているだろう。その苦悩が、成功と失敗がとても人間で、いとおしいと思う。


そして、リアルに対しては葛藤もあったようだ。あの司馬江漢ですら、葛藤したんだそうだ。
あ、ちなみにその葛藤していた文人たちの作品に至るまでに、「写実」とはまた違ったリアルを見せる章がちょっぴりありました。
英一蝶の絵がよかった。ひとの感情や表情や人間模様へのリアル、やはり彼の描く俗世の人びとは親しみぶかい。

話を戻して文人の葛藤である。心のままに、精神のおもむくままに描くのがよいという大前提の文人たちも、やはり写実、リアルの魅力には翻弄されたんだそうである。
そして日本には、リアルとは違った絵のつくりかたというのがすでに浸透し、その魅力ももちろん捨てきれなかった。
雪舟様の木や草で描かれた山水の中に、現実味を含んだ岩や滝の描写が混じる。リアルに描いた花のすがたを、わざと崩してみる。
どこまでを現実に沿わせ、どこまでを省略し、どこまで崩すか。現代の私たちですら未だにしばしば直面する問題である。

米田松洞というひとの、熊本のひとだそうだが、風景の絵がとてもかわいかった。山の風景の中に、ちいさなちいさな人びとや、葉の赤や黄色の木などが、ちまちまと入り組んだ世界の絵である。絶対おっさんが描いてるのに、みながら「かわいー」って三回くらい言った。口パクで。展示室でひとりのときはいつも口パクです。
土方稲嶺の雪景も、つめたい空気に吸い込まれるような心地よさだった。


そして最後に、司馬江漢と円山応挙でした。
応挙先生は前から飛びつくタイプですが、正直、江漢はいままで「ふーん」くらいの気持ちでおりました。
が、解説に「江漢はこの時代に油絵を試したのはすごいけど絵にいまいち情感がないよね、とか言われますけど本当にそうでしょうか」(超大意)とか書かれてごらんなさい。泣きます。ここまでで三回泣いてる。
今回油画だけでなく、若い頃の作品や、墨のやさしい絵なんかもみられて、こんなのも描いてたのかとびっくりしました。

西洋の戦の絵を描きうつした絵がでておりました。西洋の少年と馬の絵も。
今でこそ西洋の事物は、当たり前にこの地球上にあるものとして私たちはみられるけれども、当時の日本人からすればファンタジーの世界に近かったはずです。今の私たちだって、空想の世界に思いを馳せて絵に描いたり、物語をつくったりします。
江漢が油絵を描き西洋の事物や技法をうつしとったのは、ひとえにそうしてファンタジーの世界に思いを馳せる、少年のようなこころからだったのではないでしょうか。そう思うと江漢の心が、丁寧だけどもどかしい筆が、やけに近しく思われてくるのです。
そうして絵師の人間にばかり気持ちがいってしまいます。

応挙先生の等身大大石良雄像をみていてもそうで、等身大に描かれた人びとの顔、指先の表情をみるにつけ、思いを巡らせるのはその向こうにいる等身大の応挙のことであります。
あの絵は仮名手本忠臣蔵を描こうというよりも、実際にいるひと、そこにいるほんもののひとを描こうとしているように思われてなりません。筆のひとつひとつが親密でやさしいように思うのです。

虎も、百兎図も、時雨狗子図もでていました。
百兎図はみるだに、あの、初めて応挙先生の写生帖をみたときの気持ちです。観察に次ぐ観察のまじめさ、ひたむきさ。
虎と龍の水墨で描いたのがあって、ふと思ったんですけど、応挙は蘆雪の無量寺の襖みたことあったのかなあ。

鯉の滝登りの絵は後期だったので無く。でもでていた鯉の絵も、氷から跳ね返るやつ、格好よかったですけど。鯉への迫真、氷を線だけで済ます潔さ。応挙先生はしばしば潔さも発揮する。そういうとこにじわじわくる。


何回か書きましたけど、江戸絵画のさまざまな「リアル」に新鮮な刺激をもらうとともに、絵師の人間そのもののことを考えてしまう展覧会でした。本来ならば絵そのものをみなければいけないのだから、頭でみちゃっている状態なんでしょうけど。
でも彼らが「リアル」について何を考え、どう取っ組んだか、それぞれの苦悩、葛藤、憧れがドラマチックで、そしてそのたくさんの試みの積み重なりの中に、輝かしく残る絵、埋もれてしまった絵、そのすべてにいとしさを感じるのでありました。
冒頭の解説にもありましたが、奔放で奇抜でキャッチーな絵師たちのブームの中で、このテーマの試みはめちゃくちゃ良いと思います。すごく面白かった。後期も行く気。
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR